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2012年05月18日

エピソード9 忌まわしきものの遠吠え(1)

エピソード 9 忌まわしきものの遠吠え

 ハルカは久しぶりに明星出版を訪れた。社長の会田はあいにく留守だった。
「屋上にいますので、帰っていらしたら呼んで下さい」
会田の秘書にそう言い残して、屋上に上がった。
 二十分ほどして、会田が屋上にやって来た。
「やあ、ハルカさん、お久しぶりです」
「こちらこそ、ご無沙汰しています」
「で、今日は何を」
「確認したいことがありまして」
「確認したいこととは」
「会田社長、あなたのことです。あなた自身のことです」
「私のこと?と言いますと?」
「十二年前のあの事件にあなたがどう関わっているのかを確認したいのですよ」
「十二年前というと、ハルカさんのお父様がお亡くなりになった事件ですか」
「いえ、その後の一連の事件ですよ。私の母や柳田さんの事件」
「お母様や柳田さんの事件、私は全く関わりがありませんが」
「私が父の事件を調べにキルト共和国に赴任し、そして帰国した後、あなたのところに伺った際、日本から送金されたお金の行き先について、あなたに話したことを覚えていますか」
「ええ、覚えてますよ」
「私はそう言っただけなのに、あなたは送金されたお金の金額が三六0万ユーロだということ、そして、スイスの銀行の口座を通って「政界」に流れたって言いました。これって、最初からあなたはそれを知っていたってことですよね」
「…・・・…・・・」
「疑問に思ったのはそれが最初でした。次に変だと思ったのは、島田が私を多摩の霊園で狙ったこと。それまで、ずっと私をそのままにしていたのに、あなたに会って、島田が母を殺したと話した翌日に来るって、あまりにもタイミングが良すぎます。多分、あなたが今村か島田に直接、あるいは、つながりのあった望月を通じて、島田にやらせたことでしょう。母が殺されてから、二年たって、あなたが私のところを訪れたのは、島田が母を殺したという事実を私が覚えているか確認するため。違いますか?」
「…・・・・・・・・・」
「それに今村と島田が殺された時、警察は島田については、ハチによるショック死、今村については、飼い犬に噛み殺されたとマスコミに発表していたけど、死体の状況までは詳しく言ってません。なのに、あなたはそれが悲惨な状況だったとおっしゃいました。それは、堂島や黒川から、警察の捜査情報を聞いていたのではありませんか?」
会田は何も言わず、固まっていた。ハルカが続けた。
「そして、決定的だったのは、柳田さんが殺された事件のことです。あなたは屋上で柳田さんと島田らしい男が争っていたと言う通報があったと言いました」
会田はまだ黙ったままだった。
「でも、その通報内容がおかしいのです。帝都ビルって二十五階建ての高層ビルで、屋上のフェンスは事故防止のため、端より五メートルくらい内側にあるんです。周りのどこからも、帝都ビルの屋上で争っている姿を目撃することはできないのです」
「そんな通報はなかったと」
「いいえ、通報はありました。公衆電話から。警視庁の友達に確認したんです。でも、今言ったように何の関係もない人がそんな通報することは考えられません。だから、通報したのはあなたです。そして、柳田さんを殺したのもあなたでしょう。あんな通報したのは、島田を切ってもいいと思っていたのでしょうね。島田、今村が殺された後、あなたを訪れた私に「外務省に関係する二人」とおっしゃったのもそれで説明がつきます。あなたは実は十ニ年前から私を監視して、情報をこの前死んだ堂島たちに流していたんでしょう?」
会田が居直ったように言った。
「そんな証拠はどこにもないでしょう」
posted by かず at 18:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密のハルカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月17日

見え無きものの怒り(3)

やがて、コンテナの外から、音がした。ドンドンと叩く音だった。そして、バーナーでコンテナの扉を焼き切る作業が始まり、扉が開いた。鍋島と樋口だった。
「ハルカさん、大丈夫ですか」
鍋島が後ろ手の縄を解きながら声をかけた。ハルカは答えた。
「ええ、大丈夫です。でも、この三人は・・・・・・」
鍋島が確認すると、三人は虫の息だった。
「この三人はどうしたんですか」
「それが急に倒れてしまって」
本当のことは言わなかった。言っても通じそうもない。
鍋島が調べてみると特に外傷はない。ハルカのためにと待機させておいた救急車は、とりあえずはこの三人のために使った方がいいと思った。「とりあえず」なのは、この三人が助かる可能性はないと鍋島は踏んでいたからである。
鍋島は救急隊員に三人を収容するように指示し、ハルカはパトカーで病院に向かった。病院に向かうパトカーの中で、ハルカは鍋島に訊ねた。
「でも、私がこのコンテナの中にいるって、どうしてわかったんですか」
「あなたを追ってアメリカへ渡ったんです。そしたら、あなたが行方をくらませてしまって。アメリカを出国した形跡がないので、別ルートでアメリカを出たと考えたんです。するとあなたが行方をくらました日にワシントンから直行便で日本に向かったコンテナがあるとわかったんです。それがあのコンテナです」
「でも、日本向けのコンテナはいっぱいあるんじゃないですか」
「ええ、でもあのコンテナ、我々がマークしていた人物が手配をしていたんですよ」
「マークしていた人物?」
「ええ、これ以上は捜査上の秘密なので、お話しできませんが」
「捜査って、何の捜査ですか」
「ある殺人事件がありまして、それを追っています。そこである人物が浮んできたんです」
「どんな方ですか」
「それ以上は、申し上げられません」
鍋島と樋口は口をつぐんだ。これ以上、話をするわけにはいかなかった。ハルカのためにではなく、その人物のために。
 
その日の夕方のニュースが前総理の堂島、現職総理の黒川、外務大臣の江崎の死を速報で伝えていた。死因は堂島が急性肺炎、黒川が出血性大腸炎、江崎が敗血症による多臓器不全で、いずれも病死だった。前日までぴんぴんしていたので、この急死は永田町や霞ヶ関を震撼させた。特に外務省は幹部がみな不可解な死を遂げているとあってか、職員は一様に不安そうな顔をしていた。
マスコミが強調したのは本当に「偶然」だろうかということだったが、マスコミでなくとも、皆、そう思っていた。街頭インタビューで
「亡くなった方には失礼であるけど、何か悪いことでもして、バチでも当たったんかね」
と答える人もいた。「何か悪いことでもして、バチが当たった」のは確かであったが、
十二年前にあんな事件が起こらなければ、「バチが当たる」こともなかっただろう。
 ハルカは馴染みの喫茶店でトーストをほおばり、コーヒーをすすりながら、テレビで騒いでいるニュースを全く関係ないような顔をして見ていた。
 堂島が死ぬ前に言っていた「あの写真がなければ」という言葉に引っかかるものがあった。あの写真があったが故に父は殺された。そして、父が殺されたが故に母が殺された。
そして、それが故に、ハルカが関係者を全員、葬った。
 もし、父が堂島のいう「賢い」人間であったら、確かに、多くの人間が死なずに済んだというのも、事実かもしれない。
 しかし、やはり、不正に立ち向かい「賢く」ならなかった父のことをハルカは誇りに思っている。たとえ、そのことで、多くの人間を殺めることになったと知った、今でも、ハルカに悔いはなかった。ただ、天国にいる父と母がハルカのしてきたことを喜んでくれるようには思えなかった。
(それにしても)
堂島が言っていた、全容を知っている人物が、正確に言うとあと一人いるというのは、一体誰であろう。そして、鍋島が言っていた「捜査線上」の人物とは誰のことであろうか。殺人事件といっていたけど、自分と何の関係があるのか。コーヒーをすすりながら、ハルカはそんなことを考えていた。
posted by かず at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密のハルカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月16日

見え無きものの怒り(2)

「大丈夫。せめて苦しまないよう、一発で仕留めてあげるから」
江崎が銃を構えた。頭を狙っているようであった。一発で仕留めようとしているのは事実だろう。外とは完全に隔絶されたコンテナの中である。「万事休す」の場面であったが。何故はハルカは微笑みながら、こう言った。
「はずさないようにね。一発で仕留められることをお祈りするわ」
「ダン」
銃弾が発射された。が、至近距離であったにもかかわらず、弾がそれて、コンテナの内壁に着弾した。江崎の手が震えていた。堂島が怒鳴った。
「江崎、何をやっている。こんな近いところから」
「すみません。ちゃんと狙ったつもりだったんですが。手が震えて」
正直、江崎にも訳がわからなかった。ハンター歴三十年の江崎にとって、はずすのが不思議なほどの至近距離であった。もう一度狙いを定めて、引き金を引こうとした。しかし、今度は引き金を引く指が動かなかった。
黒川も怒鳴った。
「江崎、何をやってる。早く・・・・・・」
と言いかけたところで、口が回らなくなった。血管の中は「何か」でいっぱいであった。
江崎は体の震えが止まらなかった。目の前のハルカが急にぼやけて見え始めた。同じことが堂島や黒川にも起こっていた。黒川がぼやけるハルカに向かって言った。
「まさか、俺たち三人を・・・・・・」
ハルカはにっこり笑いながら、返答した。
「人間なんて、上等なものは操れないし、操るつもりもない。私はあなたたちの中にある、あなたたちが「下等」といった「生き物」たちと仲良くしただけよ」
堂島、黒川、江崎の三人はそこに倒れこんだ。堂島は息ができないほど激しく咳き込んでいた。黒川は腹の辺りを激痛に襲われていた。江崎は割れんばかりの頭痛を感じていた。
ハルカが続けた。
「あなたたち、私を追い詰めたと思ったようだけど、私にとっては「飛んで火にいる」ってやつよ。だって、ターゲットが自分からのこのこ出てきたのだから。時間と場所を考える手間が省けたわ」
黒川が腹部を押さえながら、やっとの思いで口を開いた。
「お前、まさか、俺たちの体の中の・・・・・・」
ハルカは涼しい顔で言った。
「だから私は生き物と仲がいいのよ。生き物ってね、人間の目に見えるものとは限らないの。あなたたちも分かっているじゃない?人間の体はね。別にきれいにできているわけじゃないの。人間にとっては有害な菌もたくさんあるの。でも、普通はそんな菌も暴れないように保たれている。あなたたちのからだ中を今、その菌たちが駆け巡っているのよ。私の頼みだから、喜んで聞いてくれるわ」
堂島が咳き込みながら、言った。
「頼む、やめてくれ」
「頼むのが遅いわ。他の人たちはもっと早く、命乞いをしたのに。もっとも私は聞く耳持たなかったけど」
「俺たちはどうなるんだ」
黒川が言葉を繋いだ。
「他の人たちよりはましよ。少なくとも死因は病死だから。でも、その分、死ぬまで苦しむ時間が長いけど」
ハルカが答えた。堂島が搾り出すように言った。
「お前は神なのか、悪魔なのか」
ハルカは静かに言った。
「そのどちらでもないわ。ただ、愛する人を殺されて、その復讐だけを生きがいにしてきた、ただの女よ」
これが、ハルカとその三人が交わした最後の言葉だった。
posted by かず at 17:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 秘密のハルカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする